天啓観測

Hi zombies!

50億ドル誘拐事件

「ちょうど2000ドル足りないんだ」

 ジョナサンが言うと、ボブは走らせていたペンを止めて、彼を振り返った。

「なにがさ」
「学費だよ! 今度の9月に支払いがあるのに」
「親は頼れないのかい」
「この前の仕送りを、ぜんぶカジノに使っちまった」

 ボブは深い皺を寄せて唸った。

「おいまた悪い癖だな カジノに行くのはいいとして儲かれないならやめろよ!」
「俺は金が消えてく感じが好きでギャンブルをするんであって、儲けようとしたことなんか一度もないんだ」

 ボブはジョナサンの言葉に思わず涙を零し胸元で十字を切った。

「神よ、こんな清純な男がいままでいただろうか」
「しかしどうしようもない。こうなったら、あれだ」
「あれとはなんだ」
「三日くれ、ボブ!」
「ALRIGHT!」


 ジョナサンがなにを待てというのかは分からないが、ボブもそういえば家賃の支払いがふた月分溜まって800ドル必要なことに気が付いていた。


 ジョナサンは三日三晩寝ずに、金を仕入れる方法を考えた。その翌日、ホワイトハウスの執務室に怪しげな一本の非通知電話が掛かってきた。


「こちらホワイトハウス
「俺はジョナサン。大統領の娘を誘拐した」
「掛け直します。電話番号を教えてください」
「ああ、554――」

 事務員は大統領の部屋を訪れた。

「大統領、このような電話が」
「ふん、どうせ悪戯のやつだろう。大統領は結構忙しいのに、構っていられるか」
「しかし、万が一のためにも確認だけは取ってはいかがです」
「正しい」

 大統領が自宅に電話を掛けると、ファーストレディーは大わらわだった。アレクサンドラはたしかに誘拐されていた。

 GODNESS! 大統領は叫んだ。「犯人の要求はなんだ」

「はい、掛け直してます」
「Johnson's here」
「こんにちは、忠実なる合衆国民のジョナサン。ミスアレクサンドラ解放の条件は?」
「50億ドルだ」
「大統領、50億ドルです」
「出す!」
「出します」
「ありがとうございます」
「どこで引渡しを?」

 身代金目的の誘拐は、引き渡し段階で決着を見ることが多い。犯人が捕まるのは、いつもそこだ。しかしジョナサンはそのことを知っていた。

ミネソタ州ペンシルヴァニア州ニューメキシコ州フロリダ州カルフォルニア州、それぞれの首都に、10億ドルずつばら蒔いてくれ。日程は今度の日曜日、時間は昼の13時だ。娘は一人でとある州のとある署に出向く」

 ホワイトハウスは要求に従った。

 犯人を捕まえようにも、休日昼間の首都はどこも繁盛しており、人でごったがえしていた。全員が空から降って湧いたドル札に舞い上がり、一枚でも多く取り去ろうとお祭り状態であった。

 そんな中、五つの州のうちのひとつ、某所にジョナサンはいた。「1994,5,6,7....よし、これで2000ドルだ。ボブ、お前は?」
「僕も800ドルもらったよ」

 これにて一件落着。ジョナサンは学費を払えたし、ボブも家賃を払った。大統領の元には娘が戻ってきて、国民にはお金が振る舞われた。景気は上昇、なにも知らない国民は大統領に感謝の声を上げ、大統領の支持率はなぜか134%を超えた。こうして前代未聞の50億ドル誘拐事件は幕を閉じた。

 FBIとかCIAとかもお手上げだった。ホワイトハウスで、黒服の面々が顔をしかめさせる。

「犯人の電話番号とかさえ分かれば……」

 ジョナサンからの電話を受け取った唯一の女は、母の手ひとつで育ち、立派に公務員としてホワイトハウスに務め働いていたが、最近では恋も上手くいかず、もどかしい日々が続いていた。

「犯人の電話番号、あります」

 しかしその日は、秘書の人生でもっとも輝いた瞬間であった。

 ジョナサンはいたずら電話の罪で逮捕された。