天啓観測

Hi zombies!

小学生時代に経験した母親の不倫と転校

・母親の不貞はある日突然始まった。いや、あるいは私がそれと知らないうちに、すでに始まっていた。母親がそれでもまだ母親であれたのは、私を捨てて夜逃げしなかったからだ。そこだけはまだましだった。母親は、私のことを異常なほど愛している。特に当時は、いま考えれば病的なほど愛されていた。スキンシップが過激な程度には。当時は意味が分かっていなかったが、舌を入れるキスをしてくるのが気味の悪いことこの上なかった。

・ということで、母親は、私を不倫相手との遊びに連れ回したのである。そして私に、帰り道言うのだ。「今日のこと、お父さんにはひみつね」

・私がどれほどその秘密を深刻に捉えていたかはいまとなっては不明だが、少なくとも私が原因で母親の不倫が、当時の父親にバレることはなかった。休みの度、母親はママさんバレーの集会があるとか言って、私を連れて不倫相手とたくさん出かけた。私が知らないうちに逢瀬をやっていたこともあるだろう。

・結果としてどうなったかと言うと、いや、ここは笑いどころですよ。笑う準備をしてくれ。

・うちのアパートの扉に、「あなたの奥さんは不倫をしていますよ」という張り紙が出されたのである。これはもう爆笑もの。これが不倫が明るみに出た瞬間で、また私の転校が決まった瞬間だった。

・母親は、なんというのかな、疑いやすいぶん信じやすいところがあるといったらいいのか。まあこれは私にも受け継がれた部分なのであまり責めると自戒になってしまうが、馬鹿みたいに、周囲の「ママ友」に自らの不倫を暴露していたのである。自分で。自分から。

・母親のことくらい分かる。あんな単純な女。なぜそんな愚かな真似をしたのか。「友人を信じて疑わなかった」わけだ。そして、そんな重大なことも話の種かなんかだと思ってしまったわけである。

・お分かりかと思うが、張り紙を出したのはどうせそのママ友とやらのうちの誰かか、あるいは総意だろう。私はその文面をきちんと見たわけではないから、筆で書かれていたのかプリントアウトされていたのかは分からない。

・そして、こんな人生の転機みたいなシーンのことを、私はあんまり覚えてないんだこれが。たしか張り紙があったところには立ち会っていて、あっと言いながらそれを引き剥がした母親の姿は記憶にある。しかしそれからどういう運びで実父と母親が離婚するに至ったのか、まるでよく知らん。そしてなんだかんだ、不倫による離婚ということにならなかったような気がする。

・母親は嘘が得意だ。誰かのいたずらと言うことになって、むしろそれを離婚の契機にしてしまったわけである。だからあの愚かな父親は、慰謝料も貰えず親権も貰えず、のこのこ家を出ていくしかなかったわけだ。しかしとはいえ、あの例の「ママ友」にそういう告発をしたやつがいると分かった以上、私の家はもうその地域にはいられなかった。田舎ですからね。噂は都会のネット回線より速く伝播する。

・あとあと幼なじみに確認したところによると、私の転校の理由がどうやらそういうことらしいというのは、なんとなくクラスメイトも知るくらいの噂になっていたようだ。みんな私の転校を寂しがってくれていたが、理由が分かっていてくれたなら、その寂しさも紛らわすことができただろう。同情の余地もない。

・私は友人たちに「どうやら引っ越すみたい」と言って去ったのを覚えている。母親がきちんと学校に伝える前から言っていたので、教師に呼ばれて「本当?」と聞き質されたのを覚えている。母親も私に転校するとはっきり言ってはいなかったように思うが、私はなんらかの直感で、ここには長くいられないんだろうな、という気がしていた。ということにしておこう。でなきゃ私がそんなことを言っていたわけが分からない。雰囲気だけ察知していたのかな。

・小四の三学期である。実に微妙な時期だ。これが小五の始めだったらね。いや別に大した違いもないか。転校先じゃ、全校生徒の前で「転入生です」と紹介されて恥かいた。そして、小四というと、およそ十歳くらい。母親は私のことを何歳だと思っていたのか知らないが、ここにも傑作な話がある。

二分の一成人式、みたいな名前の催しが転校先で開かれた。そのときに、両親からのお手紙っていうのが企画されていたらしく、私も例に漏れず、周りの子と同じように母親から手紙を受け取った。

・さて、十歳になる自分の子に、みんなならなんと書く。「大きくなったね」「これからもお勉強がんばってね」「生まれてきてくれてありがとう」そこら辺か。一方私の受け取った手紙の文面の、一行目は、「この手紙は、誰にも見せないでね」だった。そこには、例の経過が寸分漏らさず書かれていた。私、まだ十歳ですよ。十歳の子供に、母親は、自分の不倫と、そのせいであなたが転校する羽目になったこと、アパートの前に張られた紙はやっぱりおそらくママ友の誰かであるだろうということ、こんな母親でごめんなさい、たくさんのことを考えさせて押し付けてごめんなさい、私のことを嫌わないでください。お利口さんでいてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。

・読んだとき、私がどんな感情になったと思う。そう、なにも思わなかったとも。「そうか」と思った。二分の一成人式はそうして幕を閉じた。この手紙はいまでも手元にある。これがある限り私は親になるっていう最大の罪を犯さずに済んでいる。そういう点ではなんと見事に良い親を持ったことか。

・さて、私は別に、やっぱりこれをそんなに重大なことと捉えていない。せいぜい、転校は寂しかった程度の認識だ。転校先ではありがちな転入生に対するいじめがあったけど、一年もあれば、私には彼ら彼女らと立ち位置を逆転することが可能だった。そこら辺の小学生とは立っている次元が違う。奴らの貰った二分の一成人式の手紙は大層中身が薄かったに違いないわけだから。

・今回これを書いたのは、私がちょっと一からこのことを思い出してみたかったのと、私のアイデンティティをみんなに提示したかったこと、そして、話として多少おもしろいからにすぎない。だからあんまり深刻に捉えないでください。小笑い程度の話です。