天啓観測

Hi zombies!

コンプレックス

これはなんか大昔に書いた短編のやつです

 

 

「あああああああぁあ……」

「うっっっさい」

 

 扇風機の前でだらだらと声で遊んでいた少女は咎められ、退屈そうにもう一人の少女を睨んだ。

 

「だって、暇だし」

「だからってうるさくする必要、ないでしょ」

「…………」

「…………」

 

 一人はそうしてもう一人を見つめ、見つめられている少女はそれに気づいていないのか、シャーペンをかりかりとノートに走らせていた。

 

「何してんの?」

「勉強」

「模試近いから?」

 

 

 ――こくりと頷く。高校生の私たちは、学校も違えば、学力も違う。中学の時は、何故あの二人はいつも一緒にいるのかと、不思議がられたものだった。

 

 よく教師に呼び出されては「君には将来があるんだから、あいつとは付き合うな」と強く言われ、その度に泣いていたのを覚えている。私が泣いている理由を知った彼女はその度に教師と言い合いをして、中学には本来存在しないはずの停学処分を受けたりもしていた。私はそれを知って、また泣いたこともあった。

 

「私が来たのに勉強ばっかしてんのね」

「誰も呼んでないし。勝手に入ってきたんじゃん」

 

 高校は当然離れて、それで疎遠になるかと思えば、そうではなかった。彼女は私の母親から何故か合鍵を貰っていて、暇さえあれば勝手に入ってくる。土曜日の今日も、私が午前の塾から帰ると私の部屋で自分の家から持ち込んだ漫画を読んでいた。

 

 漫画にも飽きたらしく今は、こうして私に絡んでくる。これももう、いつもの事だった。

 

ペンを走らせながら、彼女の所作に耳を傾ける。

 

「エアコン付けていい?」

「だめ」

「なんで?」

 

「…………」

 ペンを一旦止めて、彼女の方を見る。

 

「まだ六月だから」

「はあ〜出たよ。時期じゃなくて、気温なの。暑かったら六月だろうと一月だろうとクーラー付けるの」

「少なくとも、うちでは七月になるまで付けないことになってるから。ほんとに付けたいならうちに帰ったら?」

 

 ぷくっと頬を膨らませてから、彼女は大の字に寝転がった。かと思いきや、立ち上がって私のノートを覗き込んでくる。肩に乗る彼女の頭が重い。

 

「なに?」

「私もそこの大学行けるかな」

「……無理だよ」

「そっか。無理か。私頭悪いもんなー」

 

 手持ち無沙汰な右手で、私の頬がつんつんと突かれる。

 

 ペンを置いた。その鬱陶しい右手を掴んで、身体ごとベッドに押し倒す。後ろで、ペンが転がって机から落ちる音がした。無感情に見つめる私とは裏腹に、彼女の目は、まるで他校の生徒と喧嘩している時のようだった。これに怯まないのは、この世で私だけだろう。虎を恐れないのは、虎の飼い主か、それより強い動物だけだ。私は別に、どちらでもなかった。虎に喰われようとどうということはない、空っぽの人間なのだ。

 

「勉強してこなかったからでしょ。その報いだよ」

「報い? 私は別に、あんたみたいに、いい高校行っていい大学行くのが幸せだなんて思ってる人間じゃないから」

「そうやって言い訳して、自分の嫌いなものから逃げ続けて、何が残るわけ?」

 

 ベッドに、染めて染め直してを繰り返して傷んだ彼女の髪の毛が乱れている。扇風機が動く音だけが響く狭苦しい暑い部屋で、私たちはお互いを蔑むように見つめ合っていた。

 

「なにか残さなきゃ死ねないなんて、そんな臆病な人間じゃないよ、私は。『がんばってきましたね』なんてクソみたいなレッテル貼られて、それで大喜びして、なにか残した気でいるやつよりは、私の方がマシ」

「マシ? 自分と違うことをしてる人を見下してるだけのあんたが?」

 

 彼女がふっと鼻で笑う。

 

「そりゃ、あんたもだろ」

 

 また静寂が訪れる。そしてしばらく経ったあと、彼女がケラケラと笑い出した。

 

「なんでいつもこうなると思う?」

「性格が合わないから」

 

 ベッドから立ち上がり、私はまた机に向かった。

 

「高校卒業したらどうしたらいいと思う?」

 

「それが報いだって言ってんの。私は東京行くからね」

 

「あ〜じゃあ私も付いてく。二人で部屋借りて住もうよ。私、就職するし、養ってあげないこともないよ」

 

「……だったらせめて、勉強の邪魔しないで。東京行けなくなったら、元も子もないんだから」

 

「家、渋谷でいい? あそこ女同士でも結婚できるらしいよ」

 

「えっ、なにそれ」