天啓観測

Hi zombies!

物の本当の価値って後で決められるというよりは本当の意味で言うならば本人のあずかり知らぬところで行われている感じがある。あるよね。ない?




 みなさんちょっと手元にある携帯やらパソコンやらを使って、pixivというサイトを開いて欲しいんですが、多分こうやって言っても開いてくれる人って読んでる人が10人いたら2人くらいだと思うんですよ、その優しさを大切にしていただきたい。




 pixivを開いたら、多分ログインしなければいけなくて、ログインして開くとトップ画面が表示されますね。そのトップ画面の比較的上の方に、ランキングという項目がありますよね。そこを開いて、1番目から10番目くらいまでの絵をじっくりこう、眺めて頂きたいんです。そう、あたかも評論家が美術館に行って、それに何かコメントをつけようとするかのような気分で、そうしてみて頂きたいんですよ。





 いや、そうなんですよ、それなんですよ。評論家ばりにもっとじっくり絵を見て、そのありがたみを感じろっつーことなんですよ!!!!



 その絵、しっかり見てくださいよ。絵柄に好き嫌いはあるかもしれませんが、デジタルが普及してモネやらフェルメールやらの色彩を優に超えることができるようになって、どの絵を見ても美麗だったり可愛らしかったり、数十年前には表現しきれなかった色彩や技法が惜しみなく晒されてるんです、そんなところに。




 そんなところに!!




 あのですね、この最近の、絵やなにかオタク文化を過小評価してしまうの、意外と、絵とか音楽とかのオタク文化に慣れ親しんだオタクがやりがちなんですよ。供給が多すぎて感覚が麻痺しているのね。




 実はこれ、美星もそうだったんですね。ですがとある日、ふとお気に入りのイラストレーターさんの絵をパソコンのデスクトップ画面に登録して、ちょっと放置していたとき、母親がその絵をじっくり眺めていて「これはすごいね」と言うわけです。美星もそりゃすごいとは思っていましたが、母は比較的オタク文化には暗く、美星がアニメを見ていたらしかめっ面するくらいなんですよ。




 そんな母親がですよ、絵柄でいえばアニメ的にデフォルメされたその絵を見て感動を口にしたんです。





 そして美星も改めてその絵を眺めると、これは見て「はーん♡」と思ってそれで終わりにするような、そんなレベルではないとようやく気づいたんです。




 本来なら、本来なら何万何千万の価値を付けてもいいようなイラストやらなんやらが、コミケで500円で売られてるのってこれ考えてみたらやべーことですよ。



 ハンドルネームで活動していることさえなんかもったいないようなことに思えますよ。本名で活動したら歴史の教科書に載りますよ。



 それこそ立体派つって、まあピカソとかを代表とする人たちが出てきた時は不遇だったと思うんです。


 ましてやそんな、立体派なんて派閥そのときに出来たかどうかも分かりませんよ。


 でもあとになって評価されて、ああこのアヴィニョンの娘達は立体派的な絵と呼んで何億の価値を付けようみたいに言われたと思うんです。なんならピカソが死んだあとっすよ。あと!  あとて!   死んでるのに評価してもらっても!!!!




 だから何が言いたいかって言うと、今現在こうして当たり前のような書き上げられている美麗イラストの数々が、50年後100年後になって「ああ、この時のこのなんかちょっとアニメ的にデフォルメされて、デジタルの技法を駆使しているこの時代の絵は『近代印象派』と呼ぼう」みたいに言われる可能性だって十分あるわけで(近代印象派という名称はもちろんテキトー)、何億の価値が付く可能性だって無くはないですよ。その時代に立ち会っている我々はもっとそれを強く評価しなきゃなんないし、ありがたがらなきゃと。






 当時ピカソにもルノワールにもモネにも見向きしなかった連中が、その時代にいたからといって「俺そいつと同じ年代生まれやでw」ってイキってマウント取ってきても腹立つでしょ。






 そんなら美星はpixivいって評価コメント付けて100年後の人類にその評価コメントを見せた上で「ま、俺は100年前から評価してたけどなw」ってマウントを取りたい。取っていきたい。