偶

愚かにも自分が自分で作り上げてしまった自分自身の偶像。人当たりの良さ、愛嬌、疲れ知らずの働きぶり、知性。楽しそう、悩みがなさそう、優しい、人のことが好き。仕事の早さ、要領の良さ、誰にも叱られない、誰のことも怒らない。おもしろい、人に好かれている、モテそう、現実主義者、合理主義者、博愛主義者――夢などひとつも見ていない、浮ついていない、誠実である。あいつのことが好き、あいつとは折り合いが悪い。健康、うまくいってる。病気などない、病院とは無縁、夜遅くまで起きているのは起きているのが嬉しいから。全部私の鬱の原因。なのにその偶像を崇拝した人々は私が変わったことに気が付かない。最初のときみたいに話し掛けるのをやめてほしい、顔色を伺わないで欲しい、期待しないでほしい、快活だと思わないでほしい――酒を飲むのに誘わないでほしい、付き合いのいいやつだと思わないでほしい、いい人だと思わないでほしい、都合のいいやつだと思わないでほしい、勝手な印象を押し付けないでほしい、仲が良くなったなどと思わないでほしい、簡単な言葉で言い表されたくない、どうせ知ったつもりならすべて知っていてほしい。売れない小説を書くこと、うまくない絵を描くこと、下手な写真を撮ること、仕事などしたくないこと――病気と病院にもっとも近しいこと、睡眠剤なしでは寝付けないこと、頭が悪いこと、なにもおもしろくないこと、いつまで経っても高校のジャージを着ていること、金がないこと、煙草を吸うこと、自殺したいこと。