天啓観測

Hi zombies!

これからも私は私の小説を愛し続ける

 小説は単にその瞬間のために書く、ということである。その瞬間が最もよい瞬間になるために、文字数がどれくらい必要なのか、そしてその瞬間のために必要なシーンにまた「その瞬間」があるか、というところで長編か短編かが決まる。思い付いた瞬間に、ああこれは長編だな、と気が付くわけである。大抵のwebの小説は、「ああ.これが書きたいんだろうな」、というのが1話で分かりやすく明示されてある。つまり、異世界に行っていい能力を貰うとか、そこで美少女と出会うとか、追放された末にスカッとジャパンをやるとか、冗長な手段は避けて、あとはそこにサビキ釣りみたいにストーリーが付いてくるという手段で小説が書かれている。私はそれなら短編でよいではないか、と思ってしまうわけだ。実際、それは短編でいいだろう。100万文字が「書きたいもの」の後ろに付いてくるのなら、その100万文字は惰性の100万文字だ。生まれてしまったのだから生きよう、みたいな、そういう諦めの惰性が、私たちが毎日仕事へ行くみたいな惰性がある。

 これが書きたい、が決まると、何が書けるのか、が、問われる。何が書けるのか、が決まると、さあ書けと腕が鳴る。1文字目の後ろに、たくさんの「これが書きたい」が隠れ続けている。1文字目は2文字目のための準備で、2文字目は3文字目の為の準備だ。ドミノみたいに一枚倒すとどんどん後ろに倒れていく。途中、カーブを付けて道を逸らしてみたり、丸を作ってみたりするけれども、既に立ててある向こうの黄金のドミノが倒したくて仕方がないのだ。My Magic!はもちろん、天上の黒百合もそうやって書かれてきた。My Magic!は今日の話でついにそこを捉えた。一番の目的をようやく倒した、このために書いてたんだ、としっかりと認識した。このためにこのキャラクターを作ったし、このためにあらゆるストーリーを書いた。まだまだ後ろには倒すべきドミノがたくさんあるが、作品はこの瞬間から「黄金のドミノ」に倒され続けていく。

 なにが書きたいのか決まっていて、そのために書いているのなら、なに評価などクソ喰らえだと思いたいところではあるが、それはそれでそうもいかない。My Magic!にせよ他の作品にせよ、私はあえてというか、むしろ恥を晒したくないからそれを獲得するという手段に走らないできた。馬鹿みたいな評価を得ることは可能だっただろう。作品のタイトルを馬鹿長くして、MMなら「女子高生ですが異世界で出会った女をみんな抱きます」にしたら馬鹿みたいに伸びるだろう。なんなら、完結したあとに検証として全く同じ内容でそういうタイトルにしてみてやってもいいな、と思う。いや、これは悪いアイディアではないな。絶対にやろう。これでもアクセスが貰えないならそれは、私の作品が面白くないということなんだろうけど、どうやら私の作品は、PV数で考えてみればそこそこやれているらしい。つまり、同じPV数、同じ話数の他の作品と比べてみると、それなりにウケているらしいのである。だからなんの不満もない。まあPVが0でブックマークも0だったらwebで書き続けてたかは分からん。書くこと自体はやめなかっただろう。それは私が全然ウケない絵を描き続けてたのと同じだ。そして少なくとも読者諸兄姉も私の小説の中から何かを見つけ出そうとしてくれていて、届くべき層にはきちんと届いているのかもしれないというのが、なにより嬉しい。
 話が脱線したが、My Magic!はそろそろ終盤戦に入る。まだ完結してもいないのに後書きみたいなことをして恐縮ではあるが、書きたいところが書けた、というそれだけでえげつない感慨を得てしまったので、この文章を書かざるを得なかった。それだけが言いたかった。My Magic!は私にとって愛すべき文章の羅列になってくれた。書き始めて一年以上たつけれ、本当によかった。みんなも愛してくれてありがとう。